「A sail, a sail!」「Two, two: a shirt and a smock. 」「船ぢゃ船ぢゃ」「二艘二艘。男襦袢(をす)と女襦袢(めす)ぢゃ」(逍遥訳)。「船は二艘。猿股に腰巻だ」(福田訳)。「二艘だ、パンツ号とパンティー号だ」(小田島訳)。「二隻、二隻だぜ、男と女」(松岡訳)。「二艘だ、二艘だ。シャツ号とシミーズ号だ」(河合訳)。比べてみると、福田訳と小田島訳は"意気込み"を感じさせる意訳だが、やや行き過ぎ。しかし松岡訳では物足りない。原文のshirtとsmockは、男用の下着のシャツと、女用の下着のシュミーズを意味する。「襦袢」と訳した坪内逍遥訳は見事。和服の下着「襦袢」はポルトガル語gibaoから作られた和製外国語「ジバン」だから、シェイクスピアの訳語として先祖帰りしたわけだ。そして、河合訳が逍遥以来百年の歴史を経て、原文を一番正しく再現していることが分る。
その他、河合の新訳は、この作品の科白が、幾通りもの異なった詩の形式になっていることを、脚注で説明している。これは作品の解読に非常に有益だ。