名テナーのデクスター・ゴードンをはじめ、ハービー・ハンコックなど実在の一流ジャズマンが実際に出演し、演奏シーンも実際にライヴを行った所を撮影したこの『ラウンド・ミッドナイト』は音楽映画として見ても当然素晴らしいけど、何よりもそこに描かれたミュージシャンとあるファンの心通わせる様子や家族愛をキーにした様々な人間群像など、使い古された表現にはなるけど人間味に溢れたそのストーリーが映画自体を印象深いものにしているし、むしろそれこそがこの作品の肝なんだと思う。そして個人的な見方として、僕はこの“ただひたすらな”ジャズ・ファンである主人公フランシスのキャラクターにどうしても感情移入せざるを得ないのだ。特に今では多少落ちぶれて母国では相手にされなくなったジャズ!!マンを崇め奉る、その構図が。もう、痛い。痛すぎるんだ、この気持ちが。音楽好きな人間には居たたまれないくらい、このひたむきさが突き刺さる。そして、ちょっと羨ましくもある。ある意味自分の愛するアーティストのパトロン(?)になるという構図があるこの映画は「夢物語」と呼べるかもしれない。このサントラCD(たぶん輸入盤でしか聴けない)はこの映画の豊潤すぎる音楽のパートだけを楽しむ意味でも、またジャズそのものの入り口としても最高だと思う。実際、僕は小難しいイメージの強かったこのジャンルに対する先入観と偏見をこの映画とアルバムによって完全払拭する事になった。名曲"Round Midnight"はマイルス・デイヴィスのミュート・ホーンを彷彿とさせる音色をあのボビー・マクファーリン(一般には"Don't Worry, Be Happy"の人、と説明しなきゃいけないんだろうか?)が「声だけで」表現していて、指摘されるまでこれが人間の声とは気付かないぐらいの素晴らしい演奏だと思う。そう、思えばこの曲をボビーが生で演奏するシーンをアカデミー賞の授賞式の中継(信じられない事に民放の地上波の夜帯だった)で見て訳もなく総毛立ったのを今でも鮮明に覚えている。ちなみにそのアカデミー賞(1986年・第59回)ではこの作品で演技は完全な素人だった映画初主演のデクスター・ゴードンが「主演男優賞」にノミネートされた事も付記しておく。
ゲッティン・アラウンド
ゴードンの演奏は、いつも太く逞しいトーンで安定感があり心躍るものがある。本作品ではボビー・ハッチャーソンのヴァイブが独特の雰囲気を醸し出して、これがおおいに作品の完成度を高めている。ミディアムテンポの曲とバラードの構成が巧みで、プレイヤーのみならず、プロデューサーの技量も高く評価されてよいと思う。1曲目の「黒いオルフェ」は万人の知るボサノバナンバーで、数多いジャズ演奏の中でも特に出色の出来栄えだ。他の曲も聴くほどに深い味わいがあり、くつろいだ空気の中に身を置くことができる。