林光(二文字なのでなんとなく「さん」をつけたくなります)さんが、20年間今のヤマハの「楽譜音楽書展望」に連載したエッセイ。主に現代音楽作曲家の楽譜をとおして記述した世界は、20年というとんでもなく長い時間にも関わらず、停滞がなく、鋭い眼光はいっそう鋭く、かろやかな諧謔はいよいよ深みをまし、素人にたいしても楽譜の語る何かを伝えています。先週の4月7日(日)の日経新聞「読書」欄で紹介されていたもの。 現代音楽といっても林光さんの時代(1931年から2012年)を全部カバ−しているので、少しは私たち素人がなじんでいる作曲家も登場する。新聞では「万華鏡のよう」と書いてあるが、毎回違った音楽家による楽譜(ばかりか楽譜から除く世界)を紹介しておりまさに万華鏡か。襟を正して、という意味でこのポストを書く前にリゲティをたっぷり聞き直しました。 一番長いエッセイは、「魔法の角笛」。シューマン、マ−ラが魅せられたドイツ民謡集「少年の不思議な角笛」と日本の中世の歌謡歌詞集「梁塵秘抄」との比較分析の中身は、魔法がいっぱい。機知に富み、詩の読解のための宝庫でもある。「梁塵秘抄」は明治44年に発見され、北原白秋や萩原朔太郎に絶対的な影響を与えた。それは朔太郎の宗教性あふれた「浄財詩編」を生み、やがて朔太郎の言葉は垂直のイメ−ジに深化し、有名な詩編、「ますぐなるもの地面に生え、・・」、を生み出す。林光さんは梁塵秘抄と「魔法の角笛」を共に詠み人知らずの「人生の哀歓が絶妙に歌われた一連の傑作」、ととらえて比較訳出している。それがとてもおおらかで軽やかで、白秋や朔太郎の暗い世界からなんと遠くに位置付けたことか。間違いなく人生の達人でしたね。 林光さんはまた「失われた映画音楽」という題名で、エイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン(無声映画)」上映時に、「薄暗いオケピットで画面に合わせて演奏され、スクリ−ンとオ−ケストラがうねりを生じて熱気に満ちたドラマ」、を作り出さしめたマイセルの音楽を取り上げている。この映画のDVDでは楽譜を作成したプロメテウス社が監督にあてた手紙を紹介している。「ところどころ音楽はスクリ−ン上の映像と結びつき観客が興奮によって座席にくぎ付けとなるほどの効果をもたらした」、と。 この映画でもっとも有名なオデッサの長い階段を思いだしてほしい。コサック兵が隊列を一糸乱れず横一列で階段をおりながら民衆に発砲する。乳児をのせた乳母車は、車を支える母を今銃弾でうしない、逆向きに階段の上から、始めはゆっくりと、そしてしだいに早くゴトゴトと落ちていく。その時の音楽。時に、音楽と映像は一体化して一切のセリフを必要としない。 現代作曲家探訪記~楽譜からのぞく世界~ 関連情報
私が日本語字幕翻訳を依頼されて手がけた作品ですが、日本語版制作会社のせいで何故か部分的に字幕が勝手に改悪されており、私の名前のクレジットもありません(こんな内容でクレジットされても困りますが)。日本語字幕には音楽家が決して使わない言葉が使われており、かつ音楽的表現が、音楽を知らない者によって非音楽的日常語にすり替えられています。日本語字幕業界の劣悪な実情が現れている作品です。原盤の内容は5つ星ですが、日本語盤は星1つなので、平均して星3つに相当します。英語がわかる方は、ぜひ輸入盤でお楽しみください。 シティ・ライフ [DVD] 関連情報