日本映画が最も活力に満ちた時代、木暮実千代という女優がいた。世間は原節子の清純、田中絹代の哀切、愛らしくひたむきな高峰秀子(二十四の瞳の女先生)を愛したから、独特の色気をかもしだす木暮はこれら正統的な大女優の系列には位置しないが、出演した映画の本数は大変なもので根強い人気を持っていた。著者は木暮の甥で英米文学専攻の大学教授。「知られざるその素顔」と副題にあるが、今となっては忘れ去られようとしているかっての大女優の生涯を、身内の一人として暖かい筆致で伝えている。身内といっても、甥っ子という視点が重要で、叔母に対する限りない親愛の情と共に、ある種の距離感を感じさせる叙述が絶妙である。本書には木暮をとりまく膨大な数の人物群が登場するが、著者はかって脚本家をめざしたというだけあって、これらを明晰に書きわけている。事実は小説より奇なりという。事実本書は昨今のつまらぬ小説に比べれば数段も面白い。木暮本人は破天荒な自然児で、情にもろく、水泳・走りにつよく、数字・活字に弱く、些事にこだわらず、女の色気たっぷりの(例えば溝口作品「祇園囃子」「雪夫人絵図」を見よ)スクリーンの印象とは全く異なる一種の快男児或いは女傑と言っていい人物のようである。彼女は日本の牛乳産業の草分け和田家の出であり、満映理事長甘粕正彦の下で敏腕をふるった元ジャーナリスト和田日出吉を夫とし、戦乱の満州引き上げを体験している。(「鐘の鳴る丘」戦災孤児への支援、中国留学生援護などはここから出ている。)大抵の映画スターの実人生が語るほどのものを持たぬ平凡なものであるのに比べれば、彼女の人生は恐ろしく濃密で劇的といっていい。本書がありきたりの映画スター伝とは一線を隔するゆえんである。木暮の父親がこれまた愛すべきだけど救い難いアホであり、彼の血を引いたとしか思えぬ息子が木暮の没後彼女が稼いだ巨財をバブル時代に使い尽くす。この二人の人物像も印象的だ。歴代有名監督とのやりとり、田中絹江や高峰三枝子との確執などなど、日本映画ファンには見逃せぬ書の一つだろう。 木暮実千代―知られざるその素顔 関連情報
自ら舞妓に志願した栄子(若尾文子)を預かった芸者美代春(木暮実千代)。最初に「どんなに辛うても頑張ります」という栄子に、「口で言うのは簡単やけど、辛いえ」と諭す美代春。ストーリーを物語る会話である。好きでもない旦那をとらせられそうになった美代栄(栄子)は、唇を噛み切ってお客に怪我をさせ、その騒動にまぎれてお客を振った美代春。「好きでもない人とそう簡単には…」と美代栄の気持ちを理解する美代春だが、御茶屋のお母さん(浪花千栄子)に「あんた、何年芸者してると思うているねん、それはお金のある人の言うことや」と説教され、祇園町での仕事差し止めされてしまう。義理も人情も知っている芸者美代春の苦労を、一本気な舞妓美代栄が理解するまでのお話。 祇園噺子 [VHS] 関連情報