80年代後半、世間ではユーロビートと称するただやかましいだけの音楽が氾濫していた。そんな中で現れたスザンヌ・ヴェガやトレイシー・チャップマンの時代錯誤的とも言える、まるで60年代学生運動のさなかのようにアコースティックギター片手に、淡々と語るようなヴォーカルで、人種差別や貧困・暴力問題などを鋭くえぐる姿はあまりにも時代の空気に対して違和感があった。あれから10数年、あの頃いい気になって踊っていた彼等や彼女等はどんな大人になったのだろう。そして時代の空気は、あの頃より更に追い詰められひりひりした痛みを帯びている。そんな今の時代にこそより必要とされる唄だと思う。
鮮烈にして辛らつな”Fast Car”のデビューから20年。アルバムのタイトルは”私たちの明るい未来”。皮肉か、悔恨か?表題曲では”Fast Car”とほとんど同じことが唄われている。「未来が明るかったのは昔のことよ」と唄われている。つまり20年間、何も変わらなかったか、あるいはさらに悪くなったか。。。「理論的に言えば、私が間違っている可能性は常にある」。
後方を固めるのはスティーヴ・ガッド、ラリー・レヴィン、ジョーイ・ワロンカーなど「すげーなー」という布陣だ。それだけ彼女の唄は静かにアメリカ人の心を打つということだろう。
冬の夜に聴くと、染みる1枚だ。そしてこの冬、合衆国初の黒人大統領が誕生する。「未来が明るいのは、それが未来だからだ」と言える世界になるように、そう思いながら聴いてください。
1988年リリース。MTV世代ならこのアルバムからシングル・カットされた『Fast Car』のヴィデオ・クリップを見た人も多いだろう。内気な彼女の顔は影でほとんど隠れてしまっていたが、彼女の低い低い声で歌われるこの曲のクリップは一度見たら忘れられないほどインパクトの強いものだった。そして And I got a plan to get us out of here I been working at the convenience store Managed to save just a little bit of money という詞。レジを打ち、アルコール中毒の父と暮らす生活から逃げ出したいという気持ちをボーイフレンドの車に託す気持ちが痛いほど出ていた。僕の中に彼女の哀しそうな下向きの表情と一緒に残っているアルバムである。
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