この本に収録されている『機関車に巣喰う』という掌編小説がとてもいいです。小説というより、童話と云った方が良いのかもしれません。昭和初期の東京、江東の埋立地に打ち捨てられ錆びた機関車を住処にして暮らす、故郷から駆け落ちしてきた少年と少女を描いている作品なのですが、そこには、生活感や、暗さなど微塵もなく、こういう表現が正しいのかどうかはわかりませんが、宮沢賢治の『やまなし』を彷彿とさせる、音楽的で、きらきらとした何かが漂っているように思います。龍膽寺雄、哀しいかな、時代に埋もれていく作家の一人なのかもしれませんが、『放浪時代』とこの作品だけはいつまでも仄かに光り続けて欲しい。
新興芸術派の首魁:竜胆寺雄(1901-1992)の中短篇集である。 内容は、「放浪時代(1930年刊行)」「アパアトの女たちと僕と(1930年刊行)」「M・子への遺書(1934年刊行)」の三篇に、 中沢けいの解説と三田英彬による作家案内および著書目録を加えたものである。
伊藤整が「読むにたえる小説は新興芸術派にはなかった」と言っていたので、 私も本書をあまり期待しないで読んでしまったのだが、想像していたよりも良かった。
特徴はその軽妙な文体である。 たとえば「飾窓」に「ショーウィンドー」と、「甃路」に「ペーブメント」と、「把柄」に「ノブ」とルビが振られていて、 このような片仮名のルビを付された漢語が本文中にたくさん出てくる。 気取ってはいるけれども、文体とよくマッチして空回りすることはなく、昭和モダンの(?)雰囲気を醸している。
この作者の文体はところどころに時代相応の古めかしさを残しながらもかなり現代的であり、 昭和の多くの後進作家よりも平成の我々の言語感覚に近くなっていると思う。 以下、各作品の概要と雑感をば。
「放浪時代」は、ショーウィンドーの飾り付けで生計を立てている主人公の男(22~25歳?)と、 同年代の兄妹のグダグダした生活を描いたものである。妹の年齢だけはハッキリしていて、1911年生まれの17歳。 このことから物語は1928年を舞台としていることが分かる。 3人は東京と大阪を行き来し、静岡にキャンプに行ったりしてモラトリアム臭い享楽を味わうのだが、 その淡々とした描写が微笑ましかった。何より開戦前の昭和の日本にこういう享楽の形があったことに驚かされた。
「アパアトの女たちと僕と」は、とあるアパートで自活している女たちと、彼女らにヒモする医学生を描いた話。 筋書きらしい筋書きはなくてグダグダ感満点なのだが、淡々としてはいるけれどもロマンティックな文体が心地良かった。 なぜか女にモテるだめんずの話は昭和モダンの頃からあったのだねえ……。
「M・子への遺書」は、作者の文学観と文壇批判を中心として書かれた雑文である。 作者が初めて文壇に出る際に佐藤春夫を頼ってしまった為、菊池寛の派閥から敵視された、とかいう文壇与太話が満載である。 本作品における文壇批判がキッカケとなって作者は文壇から追放されてしまったらしい(と、作者自身は思っていたらしい)。 また、相対論を発見したのがアインシュタインではなくて竜胆寺雄である旨の記述がある。荒唐無稽だが、本当だとしたら惜しいことをしたものだ。
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