津村秀介の推理小説の魅力は、何と言っても巧妙に仕組んだアリバイを少しずつ解きほぐしていく過程の醍醐味を味わえる点でしょう。読者もそれを期待するからリピーターが生まれるわけで、それを裏切らない展開が続くことによって根強いファンになっていくわけです。
ネタばれにならないように注意して書きます。飛騨高山で法事を終えて帰京したOLが殺されました。関係者との人間関係を見ていくと自ずと犯人像は絞られてきますが、いつものように堅牢なアリバイがありますので、それを崩さないと犯行にたどり着きません。
気になった点は、殺人時の加害者と被害者がどのように関わり、時間を過ごしたのかが最後まで描かれていません。死体はあるのですが、せめて最後の段階でもそのあたりを再現した描写がないと「アプローチ」や「やりとり」に不自然さが残るのではないかと危惧します。作者が鬼籍に入られていることもあり、そのあたりは適いませんが、なんとなく安直に済ませているのではと思いました。道中のやり取りや描写が丁寧なのと反対に肝心のところを省略するのは少しいただけませんから。
なお、ラストのアリバイ崩しですが、あのあたりを旅行している人には比較的気がつきやすい方法ではないでしょうか。土地勘のあるなしで、本書の読み方はかなり変わると思いました。
今回もまたルポライター浦上伸介とアシスタントの前野美保、「毎朝日報」横浜支局の谷田実憲による謎解きが中心です。作者・津村秀介の分身のような浦上伸介は実によくお酒を飲みます。その飲んだくれぶりと鋭い推理の取り合わせが魅力なのでしょう。
津村秀介ファンには、お馴染みのフリーのルポライター・浦上伸介と大学の先輩にあたる将棋仲間の毎朝日報横浜支局の谷田実憲、そして神奈川県警の淡路警部の3人が初めて登場するのが本作品『山陰殺人事件』です。本作以降このスタイルを踏襲し、見事な連係プレーで事件を解決していくわけですが、その意味においてエポックメイキング的な作品にあたります。
『山陰殺人事件』は、1984年1月に広済堂ブルーブックスとして発売され、以降1986年6月に広済堂文庫(ミステリー&ハードノベルス) として、1991年12月に青樹社BIG BOOKSとして、1993年11月に青樹社文庫として、2003年10月にこのワンツーポケットノベルスとして発売されたという履歴を重ねている推理小説です。津村秀介が2000年9月に鬼籍に入られた後も、それだけ息長く売れているという証明のようなものです。
横浜で連続暴行殺人事件がおこり、その犯人と思しき人物を追いながら、次なる展開に移り、タイトルのように山陰での「殺人事件」に結び付くというストーリーです。
本来、津村秀介のスタイルというのは、最後に堅牢ともいえるアリバイを少しずつ崩していく過程に魅力があるのですが、本作はそこへ行きつくまでの複雑な人間関係に焦点を当てています。殺人の動機の描き方は必ずしも納得できるものではありませんし、登場人物の性格描写も設定とは違う場面もあり、読者は結構そのあたりに振り回されます。 彼の長編の第5作にあたるわけで慣れていないのも理由になるのでしょう。ラストのアリバイ崩しにはあまり醍醐味が感じられません。ストーリーの展開の妙を楽しむ作品と言えるでしょう。
これこそ、1ページ目の1行目から伏線がきちんと引かれている本格推理小説。 アリバイトリックなんて交通機関のダイヤが乱れたら終わりじゃん、嘘くさいよな、とお思いの方にもお奨めできるリアルなアリバイ工作。(かつて鮎川哲也も本作を推薦していた) それだけに地味と言えば地味なのだが、見逃すのはもったいない。
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