ショービジネスの最高峰アメリカに影響を受け、 ジャニーズを男性版宝塚歌劇団に!
その過程、 女性が格好良い男性を求めるという事実、 また、時代によって格好よさが変わるという不易流行の信念の元、 人のモチベーションを高め、個性を生かすシステムを作り上げた軌跡、 戦略を学ぶことができます。
ピンで売る理由、グループで売る理由など 価値創造のために大切なことを教えてくれる一冊です◎
十代の頃、フォーカス誌でこの本の宣伝をする著者、江木俊夫の写真を見たときは、「うわっ。北公次についで江木俊夫、おまえも暴露するのか」とひやひやしましたが、本屋にて立ち読みすると、「今では芸能事務所社長である僕、江木俊夫氏から見たジャニーズマーケティングの偉大さ」な内容に、今でこそ「ステマ」という言葉が頭をよぎるのですが、当時はそんな言葉がなかったので、江木氏の暴露本と見せかけたジャニーズマーケティング賛美に「こすっからいなー」という気持ちを抱いて本を閉じました。 そして、時は流れ、改めてこの本を手に取ると、当時から中立視点でジャニーズを語る小菅宏の構成力とジャニーズ分析、江木の時には歯の浮くようなジャニー喜多川とメリー藤島姉弟賛美の中に、子役時代から芸能界の水に浸かった江木の当時の矜持と、立ち位置の美学を重んじたジャニー喜多川のマーケティングに当時、芸能事務所社長江木俊夫としては感嘆するものの、アイドル江木俊夫としては不満と不納得だらけだったことが文章の端からこぼれにおうのです。 目立ちたい、キラキラしていたいというのが、現在、同窓会コンサートにて総合司会を務めている江木氏の現在からわかるからこそ、フォーリーブス当時の道化としての立ち位置に戸惑いと鬱屈もあったのだろうなと本を読みながら思いました。 また、構成を担当した小菅氏の解説も賛美のオブラートの中に鋭い批評が顔をもたげているのが印象的です。特にコントに特化したブレイク直後のSMAPをドリフターズ化と分析したところは見事!と声を上げたくなります。 宣伝の仕方は紛らわしいものの、ジャニーズマーケティングをアイドル当事者とそのアイドルの番記者だったライターが記した資料としては星4つ。
ジャニーズ事務所について、特にジャニー喜多川について語られる記事は極端に二極化される、マーケティングへの過剰な賛美が鼻につく太鼓もち記事か喜多川の性的スキャンダルを筆頭としたゴシップ記事か。 アイドル雑誌「週刊セブンティーン」の番記者であった著者が綴る、ジャニーズ事務所創生期から現在、そして喜多川姉弟のマーケット戦略は、比較的ニュートラルに綴られており、スキャンダルへの追求を極端に廃し、ジャニーズの四人をはじめとする「立ち位置」の原理の徹底、ジャニー自身が漏らした本音「生きている花しか興味がない」に裏打ちされた合理性と冷淡さ、少年たちに託した自作和製ミュージカルの配信とその夢を体現している堂本光一と滝沢秀明の存在を滑らかかつ鋭利に掘り下げている。 また、郷ひろみのバーニング移籍とそれ以降の事務所の迷走、成功はしたものの、ジャニーズマーケティングの法則からずれる結果となった光GENJIの存在、人気はあるもののグループイメージの特色がうすぼんやりとしてきた近年のグループに見る憂鬱期の分析は筆者の推測を差し引いてもなお、興味深く頷ける。 しかし、筆者の文体が他の章に比べやや感情と熱を帯びている章がある。 それは、第六章の最近のジャニーズゴシップを読むの「孤独のアイドル/北公次の死」のくだりだ。同章の赤西仁の結婚報道による不機嫌のくだりでは、ジャニーの手のひらの中で踊っている感はあれどわが道を行く赤西の行動と、不良性のある容貌に反して秩序と調和を重んじる亀梨和也の対比を鮮やかに描写しているのに対し、極力スキャンダルには触れてはいないものの、北の描写に関しては週刊セブンティーン時代からの交流があるからか感傷的なところが多い。 されど、北が鬼籍に入っても、スキャンダラスな面ばかり取り沙汰され、時には屍に鞭な記事もあった中、戦友のような存在である著者が綴る愚直なまでに期待にこたえようとした男、北公次の知られざる一面がこの本でわかったことは評価したいし、他界した北にとっても、嬉しくも有難い墓碑銘となったのではないかと一ファンとして思う。 ジャーナリズムとしては文章に温度差があるものの、極力中立視点でジャニーズ事務所とジャニー喜多川を記した貴重な資料である。
20周年にふさわしいプレゾンで楽しめました。 曲も懐かしい作品からいくつか使われて いたのでその頃を思い出す事もできました。 早く聞き込みたいです。
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