この著者の綴(つづ)る日本語は優しく美しい、そして深い。 胸の底まで静かに舞いおりてくる。
名作との誉れ高い作品なので、 あらすじは読む前からある程度知っていた。 いまは「純愛」なんていう御時世ではないし、 結ばれるはずのない相手を 人生をかけて愛し抜いていく男の生き方なんて 正直、ちょっと胡散臭いと思っていた。
ところが読み始めると、 この端正な日本語に気持ちよく酔ってしまうのだ。 そして、静かに感動する。
「…人間として、この世に生れて来たことの寂しさの中にあって、 あの人に逢えたということは、それだけでもわたくしにはありがたく、 たとえようのない喜びに思われたのです。(本文抜粋)」
一見、主人公のまっすぐ過ぎる生き方は報われないように見える。 だけど真実には、募る苦しみと共に、豊かで深い人生が醸成されていくのだ。 自分の欲も得も捨て去っていき、 本当の愛だけを胸に抱く生き方が、 彼の人生を本物にして強い輝きを放たせる。
この主人公の生き方に羨望を覚えた。
この本で告発されていることを事実と前提としてレビューを書いています。戦後、平野謙氏は何年にも渡って批評家として活躍していた訳ですから、やはり「言うが勝ち」のままにしておいたのはおかしいと思いました。中河与一氏の事情も細かく出ていますが、やはり反論しなくてはいけなかったのかなあと思いました。一昔前、私小説作家に対して「普通の倫理観を当てはめない」という批評スタイルがありましたが、これも一昔前のものですし、批評家はそんな特権を与えられても意味が無いので、「図々しく言ったもの勝ち」にしてしまうと、後世の研究者がそのひずみから被害を被る事になります。
1986年の出版なのでやむをえないかもしれませんが、もう少しドキュメンタリー調に議論が展開されていてもいいと思いました。ただ、大変貴重な資料なので、あること自体に感謝しなくてはいけないし、復刊を希望いたします。
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