洋裁で生計を立てている叔母、それを手伝う祖母と叔母の妹にあたる母、突如失踪する父にまつわる遠い思い出と、自分のもとを去った女の生々しい記憶とが錯綜する形で、作家である「私」の語りが展開していきます。 そこで語られる、叔母の洋裁の仕事の細部や彼女たちが話すさまざまなお話の断片がとても魅力的です。「何もないのに細部の魅力に圧倒される」(山根貞男)という小説です。 ものすごく緻密な描写が、逆に現在におけるその対象の不在をまざまざと感じさせ、「切ない小説だなあ」と思っていたら、そうしたことが語り手である「私」の感慨として後のほうで書かれており、そうした安易な感想を厳しく取り締まる用意周到さに驚きました。 私は、たとえば『軽いめまい』にきわめて高度な形で表現されている、日々の生活の薄気味悪さ、とりとめなさ、になんだか惹かれるのですが、この作品でもそのあたりの描写がいい感じです。 『柔らかい土をふんで、』がお嫌いでなければ、是非。最初はとっつきにくい印象かもしれませんが、読み進めていけば徐々にいくつか話の系が見えてきて、物語のかたちが現れます。
いわゆる「ニューアカデミズム」のブームで、東大あたりの学生や院生が、俺も浅田彰になるんだ、と怪気炎を上げていた頃の作品。文章教室に通う中年の主婦佐藤絵真の名前はむろん『ボヴァリー夫人』からとったもの。その娘緑子は、どうやら東大生らしく、大学の助手で、文藝や映画の評論家として名を上げている中野勉と恋仲になるが、これは四方田犬彦がモデルらしい。全編に、名を上げてやる、と思っている若者たちへの揶揄風刺が強烈で、当時の私も実に不快だったものである。 丸谷才一の、時代錯誤的であまりうまくない風俗小説に対抗して書かれた、金井流風俗小説である。さあみんな、読んで不快になろう。だって「文藝評論家」とか「思想家」としてデビューしたがる愚かな若者は、今でもたくさんいるのだから。
金井美恵子の描く世界は残酷で美しい。この短編集に収められている作品はどれも素晴ら しいが、中でも特に「兎」が私のお気に入りだ。 庭で飼っている兎を殺して食べる父と娘。娘はやがて捕食者側の立場から、食べられる兎 へと同化してゆくのだが、その狂気とも呼べる世界が何故か異常に魅力的に見えるのは、 稀代の才能を生まれ持った作者の筆の妙か。 ストーリーや筋書きを超えた凄みがこの作家の作品には潜んでおり、それが今読んでもま ったく古臭さを感じさせない所以なのだろう。歴史に篩いをかけられても、なお後世に残 る秀作ばかりが集められており、小説好きには是非とも手に取ってもらいたい。 村上春樹と同じ匂いの「寂しさ」が全体に漂っていることから、同氏の作品が好きな方に もお勧め。
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