1980年代の音楽というと機械的で耳あたりのいい「大人のロック」が一般的でしたが、このアルバムはそんな1988年に発表された、当時としては異色の作品でした。しかしその後1988年のグラミー賞でBest Contemporary Folk Albumを受賞し"Fast Car"もBest Female Pop Vocal Performanceを受賞。1989年にはRolling Stone誌の企画「80年代のベスト・アルバム」特集で10位にランクされ、また同誌2003年の「ベスト500」にも261位で選出されました。 ・・・ただ、こうした事実は、本当に「どうでもいいこと」です。アルバムを聴けば、分かると思います。一度聴けば圧倒的な迫力に沈黙せざるを得ないでしょう。 オトとして聴いてもいいのですが、歌詞をじっくり読みながら聴くとより素晴らしいです。例えば"Fast Car"は、よりよい人生を求めて父と離婚して出て行った母とアルコール依存症の父を背景とした「父を養うために学校を辞めて働く語り手」が主人公の歌(Lasse Hallstromの映画「ギルバート・グレイプ」みたいですね)。語り手は彼氏の車に夢と希望を託し「出て行くか、このまま生きて死んでいくのか」の決断をしようとしている・・・けれど、歌詞からは「離れられないという諦め」がにじみ出ている・・・そんな内容です。楽器なしで歌われる"Behind The Wall"は壁の向こうから聞こえてくる隣人夫妻の暴力と叫び声に怯える語り手の歌で、夢であってほしいと願いながら魂が凍りつく思いをする語り手と、警察の事務的な言葉が絶望的に対比されます。それは同時期のSuzanne Vegaの独唱"Tom's Diner"が詩的で美しかったのとは対照的でした。そんな風にどの曲も貧困や暴力など社会問題を弱者の視点から語った印象的な歌詞です。簡潔なスタイルで淡々と歌っていますが、ロックがもともと持っていた生々しい生の衝動を感じさせられる、強烈なインパクトのあるアルバムです。 「ロックは絶望と劣等感と闘いながらここまできたんだ、それが分かんない奴はロックを聴くな!」とかなんとか言ったのは渋谷陽一氏ですが、確かにそんな気分にさせられる一枚。ロックが好きな人には間違いなくお勧めです。
飾らないそのままの音と真実、現実を紡ぐ言葉。そこには偽りのない感動があります。
鮮烈にして辛らつな”Fast Car”のデビューから20年。アルバムのタイトルは”私たちの明るい未来”。皮肉か、悔恨か?表題曲では”Fast Car”とほとんど同じことが唄われている。「未来が明るかったのは昔のことよ」と唄われている。つまり20年間、何も変わらなかったか、あるいはさらに悪くなったか。。。「理論的に言えば、私が間違っている可能性は常にある」。
後方を固めるのはスティーヴ・ガッド、ラリー・レヴィン、ジョーイ・ワロンカーなど「すげーなー」という布陣だ。それだけ彼女の唄は静かにアメリカ人の心を打つということだろう。
冬の夜に聴くと、染みる1枚だ。そしてこの冬、合衆国初の黒人大統領が誕生する。「未来が明るいのは、それが未来だからだ」と言える世界になるように、そう思いながら聴いてください。
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